紹介
幸福はどこからくるのか、逆境におちいったとき、どう立ち向かえばよいのか──古代から、多くの思想家たちがこの問いに答えようとしてきました。 本書は世界の10の「偉大な思想」を心理学の知見に照らし合わせて吟味し、現代の心理学から何が言えるかを探求した本です。もちろん幸福とはこれだ!という明快な回答が用意されているわけでも、こうすれば幸福になれる!という方法を授けてくれるわけでもありませんが、科学的に裏打ちされたヒントが数多く詰まっています。また人間の心には意識ではコントロールできない部分があること、社会生活における返報性(目には目)の心理学的本質がズバリと述べられて、心理学初学者のテキストとして読んでも大いに楽しめ、役立つ本です。
目次
目 次
日本語版への序文
序 章 過剰な知恵
第1章 分裂した自己
第一の分裂─心 対 体
第二の分裂─右脳 対 左脳
第三の分裂─新皮質 対 旧皮質
第四の分裂─制御されたプロセス 対 自動化されたプロセス
自制の失敗
心的侵襲
議論に勝つのは難しい
第2章 心を変化させる
好悪計
ネガティビティ・バイアス
大脳皮質くじ
心を変化させる方法
第3章 報復の返報性
超社会性
背中を掻いてくれるなら、私も背中を掻いてあげよう
背中を刺すなら、私も背中を刺してやる
ルーク、フォース(力)を使え
第4章 他者の過ち
見せかけを保つ
内なる弁護士を見出せ
バラ色の鏡
私は正しい、あなたが偏っている
悪魔が満足させてくれるもの
純粋悪の神話
偉大なる道の発見
第5章 幸福の追求
進歩の原理
適応の原理
古代の幸福仮説
幸福の方程式
フローの発見
誤った追求
幸福仮説再考
第6章 愛と愛着
抱きしめること
愛は恐れを克服する
その証拠は別離にある
子どもだけではない
愛と膨張した頭部
二つの愛、二つの誤り
なぜ、哲学者は愛を嫌うのか?
自由は健康を害するかもしれない
第7章 逆境の効用
トラウマ後成長
苦悩はするべきか?
意味づける者は幸いである
何事にも旬がある
誤りと知恵
第8章 徳の至福
古代の徳
西洋はいかにして敗北したか
ポジティブ心理学の徳
難しい問題と簡単な回答
難しい問題と難しい回答
徳の未来
第9章 神の許の神聖性、あるいは神無き神聖性
人間は動物ではない?
神聖性の倫理
神聖なる侵入
高揚とアガペ(神の愛)
畏敬と超越
邪悪な自己
フラットランドと文化戦争
第10章 幸福は「あいだ」から訪れる
質問は何だったのか?
愛と仕事
バイタル・エンゲージメント
階層間コヒーレンス
神は群集を与え給う
調和と目的
人生の意味
結論 バランスの上に
訳者あとがき
事項索引
人名索引
装幀=難波園子
前書きなど
日本語版への序文
第二次世界大戦が終わってからたった数十年の間に、日本人は奇跡を起こした。貧困と荒廃から立ち上がって、大きく繁栄し、教養にあふれた思いやりのある社会を作り出した。もし私がそのような事実のほかに日本について何も知らなかったとしたら、私は心理学者として自信を持って「歳未満の日本人は、その両親世代の人たちよりも、自分の人生に対する意味の探求に関心を持っている」という予測を打ち立てたに違いない。集団で大きな困難と闘ってきた人たちは、そのような探求をほとんど必要としない。富と安全の中で生まれた人が、もっとずっと多くの個人的な選択をするという贅沢と重荷を手にするのである。本書は、古代から伝わる助言の中から、どのようにして最良のものを選び出し、それを、人間関係が希薄で、時には孤独ですらある現代社会の状況へと当てはめればよいかについて述べたものである。だから、日本の方々にも本書は役だつと思っていただけるだろう。
残念ながら、わたしはまだ日本に行ったことは無い。だが、私は、1989年から文化心理学の研究をしており、この分野は、日本人とアメリカ人の共同作業によって始まった。初期の研究において、日本人の自意識は、より「相互依存」的であることが示されている。つまり、自己を卓上で転がりまわる独立したビリヤードの球だと考えているアメリカ人と比較すると、より関係性や役割を重視する。私は初期の異文化間研究において、広島修道大学の今田純雄氏と協力して、日本とアメリカにおける嫌悪の感情がどのように経験されるかについて調査を行った。私たちは、アメリカ英語の「disgust(嫌悪)」と日本語の「嫌悪」は、どちらも汚れたり汚染された物質だけでなく、汚れや細菌とはまったく無関係な社会的な出来事に対する反応としても経験されることに気づいた。しかし、アメリカの大学生も日本の大学生も、(ゴキブリや汚れたオムツや血なまぐさい自動車事故といった)物理的な事象についてはとても似通った例を挙げたのに対して、社会的な事象についてはまったく異なったものを挙げた。アメリカ人は、他者の基本的な尊厳を侵害する個人に対して、(当時のボスニアとセルビアの紛争などのように)とりわけそれが残虐な行為や暴力、人種差別を伴っている場合に「disgust(嫌悪)」を感じると言った。反対に日本人は、日常の社会交流の中で、無視されたり、辱めを受けたり、虐待されたりしたときや、自分自身の中に欠けていたり不適切であったりするものを見出したときに「嫌悪」を感じた。日本人にとって、嫌悪とは、他者との適切な調和や正しい関係を達成できないことに対する反応のようであった。
この本におけるもっとも重要な考えは、〈幸福は「あいだ」から訪れる〉というものである。あなたと他者のあいだ、あなたと仕事のあいだ、あなたとあなたより大きな何かとのあいだに、正しい関係を築くことで訪れるのだ。わたしは、アメリカ人よりも日本人の方がこの考えに対して納得しやすいのではないかと考えている。
わたしは、自分の解釈とメタファーが日本の読者の方々から必ずしも共感を得られるだろうという確信はもてないでいる。文化心理学が示してきたように、わたしたちの心はわずかに異なっているからである。しかし、もし、この本の中で論じている考えが本当に「偉大なる真理」であり、古代西洋だけではなく古代東洋でも見出せるようなものだとしたら、さほどの困難は無いであろう。アメリカ人による案内の限界の背後にある、これらの考えの有用性と美しさを見出していただければと思う。
あなたとあなたの関係性がますます豊かなものでありますように。
ヴァージニア州シャーロットビルにて
ジョナサン・ハイト